「ユフィ」
指と指の間に自身の指を絡ませて、スザクはしっかりと手を繋ぐ。
「……なるべく、痛くならないようにするけど」
ユフィはその言葉を遮るように頷いて、平気です、とどこか熱っぽい声で囁いた。了承の意をこめて頬に唇を押し当ててから、スザクは一気に押し入った。
「っあ、ぅく……っ!」
瞬間、がちがちに強張った体が全身で拒絶してくる。
それを強引に押し進めていくと、握りしめていた手が何かの支えを求めるように握り返してきて、スザクの手に爪をたてた。
「ユフィ、そのまま、いくらでも爪をたててくれていいから、――少しだけ、我慢してて」
苦痛に顔を歪めながらも、ユフィは大きく首を縦に振ってみせた。声を出せる余裕がないのだと理解したスザクは、
(――ごめん、ユフィ!)
心中でそう呟くと、あとはただ強引に、奥へと体を埋没させた。
気遣いの余裕はかき消され、むしろ早く済ませて苦痛の時間を短くすることこそが気遣いになるのではないか――そう思ってしまった結果だった。
先ほど告げたばかりの言葉を守れなかったことに、スザクはひどい罪悪感に支配されかけた。
しかし、単一で単純で原始的な感覚に思考の全てが持って行かれそうになり、瞬間的に全てが霧散する。それでも理性だけは失うわけにはいかないと、スザクは必死に抵抗した。
「……ユフィ」
うっすらと目を開けたユフィは、強引に笑みを浮かべようとしたらしかった。
ぐにゃ、と歪む表情がスザクの理性を強固なものにした。あまり衝撃を与えないよう素早く体を前に倒したスザクは、いいんだ、と小さく囁いて唇を塞いだ。
勝手に荒くなる呼吸を整えながら、スザクはユフィの顔じゅうにそっと触れるだけのキスを続けていく。ユフィの体の強張りが解けることはなかったが、それでも時間が経つにつれ慣れてきたらしい。
ユフィは繋がれたままの手を力なく持ち上げようとして、スザクにそっと押し戻された。
「スザク、私は……だいじょう、ぶ……だから」
「わかった。……動くよ」
断りを入れ、一度間を置く。
そうしてから、スザクはゆっくりと引き抜いて、またゆっくりと挿し入れる。
「っあ、っ……、ぅ、……!」
まだ痛みは続いているらしく、ユフィは苦痛に顔を歪めた。もうここまで来たら慣れてもらう以外にないのだが、かといって動きを早めるのは酷だろう。
それがわかっていながら、目の前の光景でそれを嫌と言うほど思い知らされながら、――けれどスザクは次第に自分を制御できなくなっていった。
「ユフィ、……っ、ユフィ!」
悲鳴にしか聞こえなかったそれが段々と甘みを帯びて、スザクの思考を白く塗りつぶしていく。
相手は第三皇女で、己の主で、大好きな恋人で、何よりも大切で大事な存在で、――であるにも関わらず、より激しく求めてしまう。
それが相手にどれだけの負担を担わせることになるか、わかっているというのに。
「……っ、く」
今ここで愛しい人の名前を口にすることは、思いだけでなく行為を加速することにしかならないと気付いて、スザクは呼吸を整えることに集中した。
何か言うべき事がある。けれど口を開けば多分、スザクは一番深く繋がった彼女の名前を声にしてしまうだろう。
だからスザクはただ心の中で、ごめん、と謝罪の言葉を繰り返す。
物理的に体が繋がっていても心までは繋がらない――繋がればいいのに、と冷静さを欠いた思考で思った。
(僕が君を、どんなに想っているか、……それが、言葉に出来ないほどだってことが、伝えられたら、いいのに)
何てもどかしいんだろう、そう思ってから、スザクは徐に体勢を変えていく。
より深く、奥まで届くように――心まで繋がってしまえるように。
「あ、ああっ、ん、ぅ……ッ、ぁ、あ」
規則的に、だが次第に速度を速めながら、ユフィは上から押さえつけられるようにして揺さぶられる。痛みはまだあったが、それとは相反する感覚に半ば上塗りされて、ユフィはただ全てに翻弄されるしかなかった。
やがて嬌声の合間に名前を紡ぎ、強すぎる刺激にきつく閉じられていた瞳を開いて、ユフィは唇をわななかせた。
「っふ、あ、ああ、あぅ、すざ、く……!」
それは、己の身に起こっているどう言い表していいかわからない感覚を、必死に伝えようとしたのだと、スザクが気付いたかどうか。
「スザク、すざ……っ、あ、ひ、っやぁ、ああ……――!」
ユフィがひときわ大きく痙攣する直前、かろうじてスザクは、熱い中から己を引き抜くことに成功した。
薄い桃色に染まった肢体に無遠慮に吐き出して、何てことを、と頭は思ったが体が即座に反応しなかった。
ふとスザクは、ずっと握ったままの手に目をやった。固く繋がれたそこからは痺れるような痛みが感じられたが、まだしばらく離す気にはならなかった。
「……は、ぁ……」
不規則に痙攣と呼吸を繰り返すユフィが、ゆっくりと目を開ける。
まだうまく声が出せないようで、唇だけが弱々しく動いた。
そこから、スザク、という己の名を読み取って、その頬に唇を触れさせた。そして耳元で、彼女の名前を囁く。
「……」
小さく頷いたユフィは安心したのか、そのまま意識を手放した。
******
「ユフィ」
ぼんやりとした瞳が次第に焦点が合って、ぱちくりとまばたきする。
「……スザク?」
うん、と頷いて優しく髪を撫でてやりながら、スザクは壁の時計へと視線をやった。
「本当はもっと休んでてもらいたいんだけど、そうもいかないみたいだ」
「ぁ……今、何時?」
明け方の少し前の時刻を告げてから、ユフィの服から抜き取っておいた配置図を見せる。
「とりあえずルートはいくつか計算しておいた。今の時間帯が一番応用が利くと思うから……ごめん、無理をさせると思うけど……動けそう?」
「はい、平気で……っ!」
体を起こしかけた途中で顔を強張らせたユフィは、スザクに手伝われながらどうにか立ち上がった。
一歩踏み出そうとしてがくり、と膝が笑ってよろける。即座にスザクが肩を抱いて引き寄せた。
「ごめんなさい、スザク。迷惑をかけてばかりで」
「そんなこと、……その。こっちこそ、あまり気を遣えなくて、ごめん」
「え、……そう、だったの?」
「本当に、ごめん」
頭を下げようとするスザクをユフィがやんわりと止めた。
「謝る必要なんかないわスザク。私がそうしてって言ったようなものだし、それに……」
ユフィはスザクの手を取って、するりと指同士を絡ませる。
「ずっと、手を繋いでてくれたから」
「でも、それは」
「だから、私は平気。ありがとう、スザク」
有無を言わさぬ笑みに、スザクが反論できるわけもない。
わかったと頷いてみせて、――そうしてそっと耳元に囁いた。
「今度は、こんなことのないように頑張るから」
ユフィは反射的にスザクを見上げ、
「……はい。そのときは、よろしくお願いします」
頬を染めながら、ユフィは繋いだ手をきゅっと握り返した。
了