はぁ、と熱い吐息が肩越しにかかる。ぐったりとしたこれまた熱い体を心地良く思いながら、さてどうしたものかと思案した。
 自分にもたれかかっている肉感的で柔らかくてとにかく触れても舐めても何をしても気持ちのいい存在はメイドの格好をしていた。かといって彼女の職業はメイドなどではなく、立派なとある一族の頭領であったりする。
 そんな彼女が何ゆえ場違いな服を身に付けているかといえば、単に自分がそうしてと頼んだからだ。まあ頼むというには少々強引であったかもしれないが、そこはそれ結果オーライだと思う。
 メイドといえば奉仕の代名詞。
 仕えた主人のために身を粉にして尽くす職業だ。些か偏見じみているかもしれないが、当たらずとも遠からず。この街でのメイドなんてのはそんな認識で採用され、仕事を全うしているのだから。
(……とはいえ。主人がまずメイド喜ばせてどうすんだっつーの)
 本来そうするつもりなどまるでなかったのだが、成り行き上そうなってしまった。気が付くと没頭してしまう、そんな底なし沼のような魅力をこのメイド――というよりは彼女自身――は備えていた。今日もご多分に漏れずついつい、嫌がったり照れたり我慢したり感じたりしている表情を引き出すのに夢中になって、今に至る。
(こーなっちまうともう動けなくなっちまってるしなあ……つーかそれ以前に俺さまの方が持たないか)
 一人で苦笑して、未だ体重を預けてきている彼女の背中をぽんぽんと叩いた。ややあって反応が返り、ゆっくりと体を起こし始める。自分から離れないように腰のあたりで腕を交差させて、上気した顔の、ぼんやりした視線に目を合わせた。
「つづき、いいか?」
「ぅ……もうちょっと、まて……ない、かい?」
「どっちか言うと待てないカンジ?」
 彼女の表情が困惑の色に染まっていく。とりあえず止めるという選択肢は無くしてくれたらしい。そのことに気を良くして、
「――まあ別に、メイドさんよろしくごほーしするって手もあるけど?」
 つい、本当に冗談半分で、にやにやと言ってみた。
 このアホゼロス!とかエロ神子!――エロゼロスは言い難いということで協議の結果こう呼ぶことになった――こんなことに許可を求めるしいなもしいなだがOKを出す俺さまも俺さまか――とか大げさなリアクションが見たくて。それを取っ掛かりに再開しようと思って。
 二,三秒の間があって、ようやく意味合いを理解したのか、しいなの赤い顔は茹蛸のような様相を見せた。叫ぼうとしたのか大きく口を開きかけ、やがてゆるゆると閉じていく。視線も外される。
(……あらら。そんなに体力奪っちゃないと思ったんだけどなあ)
 疲れ気味だったのだろうか。反論する体力的余裕もないとなると、これはさっさと実行に移した方が良いかもしれない。こういうときはインターバルを置けば置くほど気力が減っていくものだ。
 柔らかな体を塞き止めていた腕をほどきかけたところで、ぽつりと、彼女は言った。物凄い小声で。けれどこれだけ接近していては確実に聞き取れる音量で。
「辛い……ん、だよね、あんた。今」
 予想外の言葉に思考が乱れ、反応が遅れる。答えのないことを肯定と――それも深刻なものと――取ったのか、しいなの体がするすると下に落ちた。
 まだ事態をうまく咀嚼しきれないまま、眼前の光景を目に焼き付ける。震える指が伸びてきて、こちらの服にかかった。
 夜着のゆったりしたローブの合わせ目が、何故か帯の下あたりから開かれたところでようやく気付いた。

 視線は外されたのではなく、こちらの状態を確認していたのだと。





*****





 そもそもの始まりはゴアイサツ名目の出先で、偶然コレットちゃんに遭ったことだ。
 その隣に一緒のはずの少年の姿はなく、彼女はたった一人、街中をぼんやりと歩いていた。聞けばロイドは単身、エクスフィアが在ると噂される洞窟を探索中らしい。
 聞きながらふと、いつもはタイツに覆われたおみ足が真白さを露出していることに気付いた。さらによく見ると、左足だけブーツの口が緩められていて、そこから肌の白さとは違う清潔そうな白色がのぞいている。
 どうやら――何ともコレットちゃんらしい――嘘をつかれたようだ。
 俺さまは突っ込んで聞くべきか聞かざるべきかを少しだけ迷い、結局聞いた。他に取り立てて話題もなかったことだし。
 それに、何かが気になっていた。
「なあコレットちゃん。その足、どうかした?」
「あ……、うん。えへへ、洞窟の奥で転んで滑っちゃって」
 普通は「滑って転ぶ」のだろうに、彼女の怪我の原因は逆らしい。
 よく転びよくこける彼女は大抵無傷で起き上がってきていたが、今回は転んで滑り落ちたとき運悪く足を捻ったのだそうだ。
「なるほど、それで先に帰されたってわけか。怪我したコレットちゃんほっぽってくなんて、ロイドくんも薄情だねえ」
「あ、ゼロス違うよ? 私が行って来てって言ったの」
 それから続いた彼女の話をまとめるとこうだ。
 我らがロイドくんはコレットちゃんが怪我したと知るや否や、彼女の口癖たる「だいじょぶ」を半ば無視する形で強引に背負うと、急いで洞窟を脱出しこの街まで戻ってきた。
 わざわざ医者まで呼んで手当てを終えようやく一息ついたところで、天然鈍感熱血馬鹿の(誉めてるんだぜこれでも)ロイドくん、うっかり一本だけ足を踏み入れなかった道のことを口にしてしまったらしい。
「相変わらず苦労するねえ、コレットちゃんも」
 別に明日だっていいと主張するロイドくんを、私ならだいじょぶ、とあの断りきれない笑顔で送り出す様が目に浮かぶようだ。
「ううん。私は何もできてないから。いつもロイドに苦労かけてばっかりで」
 そこまで言ってすぐ、ごめんね暗くなっちゃった、と落ち込み気味の声のトーンが無理やり引き上げられる。それはいつも通りと言えばいつも通りであったが、
(……どことなーく元気がなさそうに見えたのは、このせいか?)
 一応、もう一度コレットちゃんを観察してみることにする。とりあえず怪我してるなら座りなよ、と近くのベンチに誘導した。
 一仕事終えて怪我までして、ついでに他ならぬロイドくんに心配させたとなれば、疲れたように見えるのも当然だろう。
 だがやはり何となく、それだけではない気がする。
 ロイドくんには毛の先ほども及ばぬとはいえ、苦楽を共にしてきた旅の元仲間なのだ。……と、どこぞの頭領様なら言いそうであるが。
 俺さまの長年培ってきた対女性限定の勘が、さっきから何かあるに違いないと喚き立てているのだ。
 ベンチの隣に腰を下ろし目の高さを合わせ――それじゃまずは、牽制球。
「やっぱ大変か? エクスフィア回収の旅ってのは」
「そうだね。行く先々で、色んな人に会うの。世界が一つになって、みんな混乱してて……でも、」
 言葉と共に曇りかけた表情が、僅かに緩む。
「ロイドと一緒だから、だいじょぶ」
 そう言い切った笑顔に一点の曇りもなければ、俺さまの勘も鈍ったかなと苦笑するだけで済んだわけだが。
 残念なことに、俺さまの勘はまだまだ現役バリバリに稼動中のようだ。今後再修業する暇も、ましてその機会にも恵まれないだろうから、これは喜んでおくべきなんだろうな。
 ともあれ、確証は得られた。こっからは直球勝負で行こうじゃないの。ってゆか、直球でないと多分話進まないだろうし。
「ところでコレットちゃんさ、……今、なんかお悩み?」
「え? そんなことないよ?」
 この上ない直球だったにも関わらず、にっこり笑って小首なぞを傾げられた。
 それは何かの効果を狙ったわけでなく、自然に行われる何でもない仕草にすぎないのだから、全くもって恐ろしい。手が遅そうというか遅すぎるロイドくんには目の毒だろう。
 ほんの少しの同情を傾けながら、しかし他人の不幸を予想する愉悦にどっぷり浸りつつ、肩をすくめた俺さまは別のことを口にした。
「コレットちゃん、このあと時間ある? あるなら俺さまにお茶でもつきあってくんない?」

戻る

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル