どのくらいそうしてたんだかわからない。
 ひとまずシルヴィアは泣き止んでくれた。でもまだ俺に寄りかかって、ずっと黙ったままだ。
 俺も何を言えばいいんだかわからなかったし、続いている沈黙はさほど重たくなくて、やっぱこいつ柔らけーなーとかそんなことばっか考えてた。
 何となく梳いていた髪を一房手に取った。いつもは奇妙な形に括ってあるから知らなかったけど、こいつ意外に髪長いのな。
「……アポロ」
「ん」
 ふと目の前まで手を持ち上げてみる。
 指の間からするする落ちていく金髪が月明かりに反射して、少し眩しい。
「ごめん」
「別に……」
 そんなもんは今更だし、もうどうでもよかった。
 だいたい今日は何度殴られて何度泣かれれば気が済むんだ俺。ていうかシルヴィア。いいかげん疲れたし飽きたぞ。
「そろそろ寝ねえ?」
「……そう、ね」
 シルヴィアはゆっくりと体を離していった。柔らかさとか温かさとか諸々が遠ざかっていって、物寂しさとか、物足りなさみたいなのを感じた。
 そのへんを全部無視するように俺も立ち上がる。
 無言のままベッドに向かい、二人でさっきと同じような場所に寝転んだ。
 布団かける?という質問にはいらね、と一言で返しておいた。
「……おやすみ、アポロ」
「おはふひ……」
 あくびが出た。あー。眠い。寝る。

 それにしても。
 つまんねえ。
 柔らかいのもっと。
 触ってたかったような。

 …………

 ……


「……って」
 背中にぴたりと何かが張り付いていた。
 正体は見なくたってわかる。とにかく柔らかいもの。さっきまで触ってたやつ。
「なに、してんだよ」
「寝てるの」
「起きてるじゃねえか」
「今寝ようとしてるの!」
 屁理屈ばっか言いやがってこいつ。今は体の右側を下にして寝転んでるが、いっそ勢いつけて仰向けに倒れこんでやろうかとか思う。
 まあそんなことしたらまた確実に殴り飛ばされるか蹴り飛ばされるか何か酷いことをされると思うので、やろうとは思わない。もー殴られんのには心底飽きた。泣かれんのも同じで。
(めんどくせえ奴……)
 どうせなら真正面からにしてくれりゃいいのに。そうしたら俺も柔らかいの触ってられるし。
 っても、今俺の真正面には人が一人寝れるスペースがない。反対側向いて寝りゃ良かったとか一瞬思ったが、シルヴィアの方向いたまま寝るっつーのもどうなんだそれ。
 ――というわけで動けないでいるのが現状だったりする。
(あー……)
 くそ、寄り添われてる背中ばっか気になって眠れねえ。
「おい、シルヴィア」
「ん……?」
 うわ一人で眠そうな声出しやがって。こっちだって寝たいんだってーの。
「そっち向くけどいいか」
「え……ぇ、え、ちょっと待っ」
「ほら少し離れろよ」
 半分ほど体を捻り、下敷きにしそうなシルヴィアを目線で追い払う。
 だが少ししか退いてくれなかったので、仕方なく半身を起こしてシルヴィアをころんと半回転ほど転がしてから、今度は左側を下にする形でベッドに体重を預けた。
「ほら」
 困ったような呆れたような表情でこちらを向いたシルヴィアへ手を差し出す。
「……なによ、その手」
「来いって」
「なっ……!」
 何でそこで怒るんだよこいつは。
 さっき想像した殴打コースの予感がひしひしとしたので、俺はさっさと手を引っ込めた。
「来たくねえんなら別にいいや。おやすみ」
 あー。ねっみい……。
「……っ」
 まどろみかけた意識に、がさごそと雑音が介入する。何なんだようっせえな。
 文句の一つでも言わねえと気がすまねえ。そう思って、やたら重くなってた瞼を押し上げた。
「……」
「……」
 腕の中から――奇妙な形相で睨み上げられている。何かものすごく疲れてきた。
「来たいんだったら最初からそうすりゃいいだろーが……」
「う……っ、うるさいばかっ」
 もぞもぞ動いたシルヴィアは、こっちの胸あたりに頭を押し付けてきた。不機嫌そうな顔は見えなくなったが、露出した耳が赤くなってるのがわかった。
 とりあえず頭に手を置いてみた。ぴく、とシルヴィアは反応したものの、それっきり動かなかった。もう片方の手を背中あたりに回したがどうも収まりが悪いので、腕で抱え込むようにして引き寄せる。
「ちょっ……!」
「嫌か? なら止めっけど」
「い……いい、わよ。特別に許してあげる」
 言って、シルヴィアは自分から少しだけ距離を詰めてきた。まあいいや。柔らかいし。気持ちいいし。
 軽く首を下げてみるとちょうど、シルヴィアの頭に顎が乗る形になった。よくわかんねえけど、こうしてる方が楽っつーか、いい気分つーか……ああそうかつまり気持ちいいってことか。
 この馬鹿力女何でこんな気持ちいいんだろうな。合体のときとはまた違うけど、これはこれで心地良くって好きだ。
「……ねえ、アポロ」
 乗せていた顎が下からつつかれる。どかしてやると、シルヴィアが顔を上げた。
 その表情は、まるで笑顔の作りかけ。
「大丈夫よね? お兄様……私たちのところに戻ってきてくれるわよね?」
 言いながら――シルヴィアはまた、震えていた。手だけじゃなくて全身で。かちかち、というさっきから聞こえていた音は、歯が噛み合わされているんだと気付いた。
「当たり前だろ。もし堕天翅たちに捕まってて帰れなかったとしても、俺が連れ戻してやる。まだ決着はついてないんだからな」
 売った喧嘩が一方的であることはわかってた。でも、気に入らない奴に喧嘩売るなって方が無理だ。
 何より、俺が売って奴が買ったそれが宙ぶらりんになってるってのが一番胸糞悪い。せめてどっちか決めてもらわねえとムカムカしてしょうがない。そして勝つまでやるのが俺の主義だ。
 くそ、考えてたら普通にムカついてきた。
 そんな俺とは対照的に、シルヴィアはくすくすと笑い出した。まるでさっきまでの俺の機嫌を吸い取ったみたいに。
「……んだよ」
「ううん。でもアポロ? 絶対にお兄様が勝つんだから。勝負はあんたの負けで決まりよ」
 うっわ何かすげぇムカつくこと言いやがんなこいつ。瞬間的に血がのぼった。
 だから、
「俺が勝つに決まってんだろ。だいたい、お前を置いてくような奴に負けてなんからんねー」
 正論を言ってやったと勝ち誇った気分になってシルヴィアを見返して、気付いた。
「……あ」
 辛そうに目を伏せたシルヴィアがゆっくりと俯く。
「その、わり、俺」
「いいの」
 遮る声は思いっきり震えてた。待てこら、俺はもう泣かれるのは御免なんだぞ!
「シルヴィ――」
「いいから、言い訳しないで! 本当のことだもの……いいから、あんたみたいなのまで、気を遣ったりしないでよ……」
「……、ぇ」
 言葉を失った俺の手に、シルヴィアの手が強引に絡み付いてきた。
 指と指の間に、シルヴィアの妙にすべすべした指が通ってきつく握られ――俺の手ごとかたかた震える。
「アポロにっ……触ってると、……っく、ちょっとだけ、安心するの……」
 ところどころをしゃくりあげながら、シルヴィアが言葉を紡ぐ。
「怖いの、眠ると夢に見そうで怖いの、……お、お兄様が、いなくなっ……」
「バカ、もう喋んな!」
「っけどっ……!!」
 激情を爆発させ、シルヴィアが勢いよく顔を上げた。涙でぐちゃぐちゃだ。何度目だよ。いいかげんにしろよ。
「こうしてると、怖いけどでも、安心できるからっ……!」
 ひゅー、シルヴィアの喉が掠れた音をたてる。
 空気が足りないみたいに小刻みに呼吸を繰り返す中、アポロ、としっかりした発音が耳に届いた。
「もっと、触ってて……私が、眠れるまででいい……から」
 シルヴィアが瞳を閉じると、たまっていた涙がぼろぼろ零れていく。

 わかったと返事をするのと、もう何も喋るなと告げるその代わりに、苦しげにしゃくりあげっぱなしのそこへ、自分のそれで触れてやった。

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