「……お前。まさか漏らしたのか?」
「ばっ、ち、違うわよ!」
残るは下着一枚というところまで来て――またぼんやりした世界に身を投げていたシルヴィアは怒声をあげた。
「ん?」
アポロが何かに気付いたように、くんくんと鼻を鳴らす。シルヴィアは嫌な予感に身を引こうとしたが時既に遅し。アポロはシルヴィアの足の間に顔を突っ込んでいた。
「そういう匂いじゃねえな。何だこれ」
「し、知らないわよばかっ! 変なことしないでった――ふぁっ!」
アポロの指がそこを引っ掻いていた。湿り気を帯びた熱い柔らかさにくらりとした何かを感じて、アポロはさらにそこへと顔を近づけた。布切れが邪魔だと、当然のように指をかけて、やや強引に引き降ろす。
「やだぁっ……!」
シルヴィアが体を縮こめようとするが、その体の中心あたりにアポロがいるので、逆に閉じ込めるような形にしかならない。
そのアポロを引き剥がそうにも、一番敏感になったそこへ無遠慮に触れてくる指先や――あまつさえ舌先までもが――シルヴィアから手のひらに込めるべき力と、対抗しようという強靭な意志を霧散させていく。
痺れるような全てが、恐怖や怯えといった負の感情を凌駕しかけるも、それだけはダメだとシルヴィアの理性が何とか踏みとどまる。
けれどそれも時間の問題だった。そこに集まる熱い感覚が、シルヴィアの全身へとじわじわ広がりつつあった。
やがてその熱に飲み込まれて、自分はどうかなってしまうに違いない――シルヴィアの頭の片隅で、第三者のように傍観する己がそんなことを思った。
そうかもしれない――同意しかけた本来の自分を叱咤して、シルヴィアは必死で耐え続ける。
「やっあ、っく……ふあっ、だ……っめ……!」
ぴちゃり。気が付けば卑猥な水音が耳に届いている。
その正体は容易に予想がついたけれど、でも知りたくも理解したくも考えたくもないと、シルヴィアは己の声でそれを相殺しようとした。無駄なことだと思いながら、逆効果だとすらわかっていながら――けれどそうする以外の方法を知らない。
息が苦しい。悲鳴じみた声を上げつづけたせいだ。そして、勝手に滲んでくる涙も。
泣きたい気分に近いことは確かだったが、起因する感情に心当たりがない。
悲しいのではない。悔しいのではない。辛い――のとも少し違う。
(何なのよ、もう……)
自分が一番わけがわからない。
アポロが体を起こした。滲んだ視界で、その表情が見えない。
「アポ……ロ」
気が付くと手を伸ばしていた。虚空で捕まえられた手はしっかりと握られて、シルヴィアはたったそれだけのことで酷く安心する。
何故なら、一人ではないと、そう思えるから。手のひらから伝わる熱が、そうだと伝えてくるようだから。
(……あ)
もしかしたら。
シルヴィアは触れられている間ずっと、アポロがどんな事を考えているのか、その表情から読み取ろうとしていた。
そこへ、しばらくの間表情が見えなかったから――また一人で置いていかれたのかもしれないと、錯覚していたのかも、しれない。
だから切なくて――涙が出てきてしまったのかも、しれない。
「また泣いてんのかよ」
呆れたような、優しい声がする。
アポロの手が頬に触れた。指先が涙を払う。
クリアになった視界で、アポロは困ったような、けれど安堵を覗かせた表情で、笑っていた。
どちらからとなく引き寄せ合って、唇一点で繋がる。これが正しいのかどうかもわからないまま、ただ思うさま、触れられるところまで触れ合った。
どきどきする。こみ上げる全てがひどい熱を持っていて、内側から身を焼かれそうだった。
実際のところ、シルヴィアもアポロでさえも、明確な意味は理解していなかったが――
繋がりが解けてすぐに絡み合った視線。
そこに乗せられた一つの意思に、シルヴィアは半ば無意識で頷いていた。
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