熱いと思ったのは実は過剰な痛みであったのだと、シルヴィアは少し経ってから気が付いた。
　だからといって熱も痛みも引くわけではなく、むしろ増大する一方である。痛いと悲鳴をあげようにも、あまりのきつさに呼吸すらままならない。
　意味のある言葉をろくに発せられぬまま、シルヴィアは手元のシーツを握り締める。
　薄いシーツ越しに手のひらへ突き刺さる爪は、本来なら存分に痛いはずなのだが、体の中心を引き裂かんばかりの激痛がいまや全身を摂関する勢いで、もうとにかく痛い。苦しい。死んじゃう。
　かといって止めてと言ったところで多分止めないんだろうなこのバカは――理不尽にこみ上げる怒りをパワーにして、シルヴィアは必死で耐え続けて。
「――っ……！」
　何かを詰まらせたような吐息に、シルヴィアはぎゅっと閉じていた目をどうにか開けてみた。
　覆い被さっているアポロが自分を見下ろして――手が伸びてくる。指一本動かすのだって耐えがたい苦痛だというのに、慌てて目を瞑ってしまったシルヴィアはぐっと歯を噛み締めた。
「まだ、痛い……の、か」
　見ればわかるでしょばか！と言い返したかったが、こんな状態では無理な話だった。と、目元に優しい感触がやってきた。今日幾度となく触れてきたもの。
　それがアポロの指だと瞬間的に理解して、シルヴィアは無理に目を開け言葉を発し、何でもない表情を見せようと努力した。
「っう……へ、へーき、よっ……」
「なにがだよ……」
　アポロの表情が歪む。何故そんな顔をされるのかわからなくて、シルヴィアはさらに己の体に鞭打って、腕を持ち上げた。
　全身を強張らせたその力を抜くと、とんでもない激痛がやってくる。だから力は抜けない。
　しかし腕一つ動かすだけで、全身に込めた力のバランスは大きく崩れることになる。痛みのあまりばらばらになりそうな何かを必死でかき集めながら、シルヴィアの手はアポロの頬に到着した。
「あ……っく、アポ、ロ」
「ば、おま……動く、なあんま」
「アポロこそっ……う、動かないでよ、っ……！」
「……いいから」
　じっとしてろっての。頬に置いた手にアポロのそれが重なって、ゆっくりと力を入れられて――そっと引き剥がされる。今やもう皺まみれのシーツに僅かに力をかけて押し付けられた。
　もう片手も同じように、シーツに縫い留められる。
　しばらく二人は動かないまま、やや不規則な呼吸を繰り返していた。短く吸って、長めに吐き出す。己を落ち着けようと努力すればするほど、耳に響く呼気音が酷く心を惑わせた。
　鼓動が早くなるだけでなく――互いの呼吸が一つに重なる。そのリズムも、呼気の持つ熱も何もかもが。
　だから、シルヴィアと囁かれてすぐ、うん、と小さく頷くことができて。
「いっ――」
　やっぱり痛い。
　けれど、引き裂かれるかもしれないという恐怖はだいぶ和らいでいた。何故だろう、アポロはずっとそこに居るだけで何も変わってはいないのに。
　両の手首は手の甲を下にする形で強く固定されていて、だからシルヴィアは何も握ることができなかった。
　がくがくと揺れる体を安定させられることができず、けれど手首は押さえられているから位置が大幅にずれるということはないわけで――シルヴィアだけが奇妙かつ不安定な感覚を享受している。仕方なく両の手を握りこみ、そこへ深く爪を食い込ませるくらいしかできない。
「やっ、ひぐ……っ、あぅっ、は、あ……！」
　痛い――けど、熱い。当初とは感度の優先順位が逆になりつつあった。
　体の中心からじわりとこみ上げて、ゆっくりけれど着実にスピードを上げながら、脳髄に迫ろうとする何か。
　背筋を這い上がろうとする電撃じみた――ひとつの感覚。
　それが何であるかシルヴィアは何となくわかったが、迫り来るそれを止める術も、まして楽しむという余裕など、持ち合わせているはずがない。
「っ、は――シルヴィアっ……」
「ぁひ、あぅっ……あ、アポロぉ……っ！」
　呼応する形で、名前を呼んでみたら――思いのほか、侵攻が早まった。
「ひぅ……!!」
　とうとうそれは脳髄の中心に手を引っ掛けた。触れたわけでも侵入されたわけでもない。のに、物凄い衝撃――その余波が、全身に警鐘を告げてきた。
　だめ、と思う間もなく、それはずぶりと、シルヴィアの感覚の中心にもぐりこむ。
「――っあ、」
　もう後は声にならなかった。
　内に抑え切れない何かを外に排出しなければと声を出そうとしたのに、もう声帯だかその辺が麻痺して無理だった。
　広がる衝撃と共に意識が白く染まっていく。
　その中で、アポロの苦しげなうめき声を聞いた気がした。


　――何よ、あんたも苦しいの？
　合体は気持ちいいのに、……その、せ、せーしょくこういもそれと同じようなもんだって話、嘘ばっかりだわ――