最近、コレットが嬉しそうなのには気付いてた。
いつぐらいからだったか定かじゃない。でも多分、資料を取りにイセリアへ帰ったあたりからだったように思う。
世界に残されたエクスフィアを探して、根無し草同然の生活を送る俺たちには手紙の宛先がない。そこでイセリアのコレットの家に送ってもらい、里帰りついでに受け取りに行っているのだ。
資料とはもちろんエクスフィアの在処について。ミズホの里は快く調査を請け負ってくれた。
そういえば、いつもはしいな名義で送られてくる資料が、この前に限ってゼロス名義だった。
ゼロスは時折しいなを手伝うことがあると聞いていたから、不思議でも何でもなくて気にも止めなかった。あいつも元気でやってるんだな良かった、ぐらいにしか。
俺たちの旅は基本的に徒歩だ。
互いの存在を知らぬまま一つに戻った世界。人々は突然現れた大地に驚き、全土で混乱が起きたのは必然ともいえた。各地の統治者に事情を伝え、曖昧な境界線を引きなおし、落ち着いた生活を取り戻すにはそれなりの時間がかかる(と、リフィル先生が言っていた)。まともな世界地図はまだできていなかった。
そこで俺たちはイセリアとシルヴァラント、二つの地図を組み合わせた在り合わせのものを頼りに、自分の足で歩いて確かめていくことにしたのだ。
確認できたところはノイシュに乗って、それ以外は徒歩で進む。統合の影響なのか奇妙な進化を遂げたモンスターもいて、滅亡の危機は去っても油断はできなかった。
わかったことはミズホの里に報告していき、書き込みが増えた地図とエクスフィアの情報が返される、その繰り返し。地道な作業だけど、でも一番確実なこれを、俺とコレットは選択した。
渡されていたレアバードはあまり使うことがなかった。携帯しているのは単に、緊急時にすぐ駆けつけられるようにするためだ。
それから、宿はちゃんと別々の部屋を取るようにしている。2部屋取れないときは俺が床、あればソファを使って休む。
コレットはそんなのダメと言い張るけど、コレットを差し置いてベッドを使うとかましてや床に寝せるだなんてとんでもないし、かといって一緒にベッドを使えばだいじょぶだよとか笑顔で提案されても益々困る。
――まあ、そういうことをしたことがないわけじゃないんだ、けど。
なんていうか。
コレットと一緒に居るだけで毎日が充実してて、それ以上を望む余裕がないというか。望まないわけじゃないけど、でも。
十分なんだ、今のところ。これで。
コレットが俺の隣で笑ってくれてるだけで。
がんばろうねロイド、って言ってくれるだけで。
*****
イセリアを出てからのコレットは、宿についてご飯を食べると部屋に引き篭もってしまう。資料を読むから、と言って朝まで出てこない。
一度、俺も手伝おうかと部屋をノックしたら、いいのロイドは休んでて、疲れてるでしょ?と返された。
でも、と食い下がるとドアが薄く開いた。
体半分だけをドアの外に出したコレットは、いつものようにふわりと微笑む。
「ありがと、ロイド。でもだいじょぶ。ロイドに戦ってもらってばっかりで私何もしてないし」
「そんなことないだろ。コレットだって戦ってくれてるじゃないか」
「ううん、ロイドに比べたら全然だよ。だから、私はこっちで戦おうと思って」
コレットは人差し指を自分の頭に向けて、続ける。
「頭脳労働って言うのかな? 資料の解読は私に任せて。それにロイド、資料見てると眠くなるっていつも言ってるし」
「う。……でも、今回の資料結構量があったんじゃないか? やっぱり俺も手伝った方が」
「い、いいの! 本当に。ロイドにばっかり負担かけられないもん。ロイドは戦闘、私は資料の解読。適材適所、ね?」
「コレットがそこまで言うんなら……でも、本当に大丈夫か?」
「だいじょぶ。心配しないで」
それはコレットの口癖だった。だいじょぶ、だいじょぶだよ。実際そこに根拠や理屈がなくたって、その言葉は問答無用に自分を勇気付けてくれた。
だからこれが出た以上、説得を続けることに意味はない。
今思えば、そのときの俺は何かを引っかからせていた。それでも大人しく引き下がることにしたのは、いつまでもコレットを困り顔にしておけなかったからで。
「そっか。無理はすんなよ。言ってくれれば俺も手伝うからさ、役に立つかどうかはわかんないけど」
「うん。ありがと、ロイド」
おやすみ、と笑顔がドアの向こうに消えたのを見届けて、俺は部屋へと戻った。
適材適所――意味はよくわかんないけど、とにかく俺は俺で頑張らなくちゃな、と決意を新たにしたりして。
「……ごめんねロイド、嘘ついて。でも、私頑張るから」
そうして閉じられた部屋の中で、コレットが可愛らしく拳を固めて呟いてることなど、俺は知る由もなかったのだ。
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