「ルルーシュ」
「なんだ」
「少し冷えるな、ここは」
 そうだろうか。洞窟内ではあるし、地上よりは気温は低くなっているだろうが……ああ、そういえばこの女はまだ服を着ていないんだったな。ならば寒さを感じてもおかしくはない。
「そういえば傷口を洗ったと言ったな。全く、おまえが余計なことをしたおかげで体が冷えてしまった」
 さっきまで肩を震わせて泣いていたとは思えない台詞だ。まあ、この方がこの女らしいといえばそうかもしれないが。
「責任を取ってもらおうかルルーシュ」
「どう取れと言うんだ」
「私の体を温めろ」
「服を着たらいいだろう」
「芯から冷え込んでいるんだ。そんなことで温まるわけがない」
「じゃあどうしろと言うんだ」
 ため息をつきたくなるのを堪えてそう聞いてやると、C.C.は一つも表情を変えずに、当然のように言ってきた。
「人肌で温めろ。それが一番効率がいい」
 一瞬、何を言われたのか理解できず脳をフル回転させてしまった。
 文脈的に、「ひとはだ」を「人肌」以外に変換することは無理があると気付き、今度こそ俺は大きくため息をついた。
「……雪山遭難じゃないんだぞ」
「私の体が冷えているのは事実だ。もし私が風邪でもひいて、おまえを守ってやれなくなったらどうするんだ」
「守ってくれと頼んだ覚えはない。そもそも、おまえは風邪をひくのか? 怪我は治せても病気は治せないということか?」
「さあな」
 重要なことについてはしれっと惚けやがった。この女、本当に一筋縄ではいかない奴だ。
 と、こちらの顔をじっと見据えていたC.C.が、急に憐れみを帯びた表情になった。……何だ? 嫌な予感がする。
「不能なのか?」
 予想の斜め上の、しかもだいぶ話をすっ飛ばしたところからの質問だった。
 ちょっと待て。行為直結なのかおまえは!? いやそもそも問題はそんなところではなく!
「違う!」
 不本意にも動揺してしまったせいで、否定するまでに一秒半のタイムラグを置いてしまった。くっ、アドバンテージはまだ奴の側か……!
「なら何の問題が――……ああ、そういうことか」
「違う!!」
「私はまだ何も言っていない」
「違う。断じて違う」
「ふむ、同姓にしか興味を抱けないわけではないと。なら問題などないではないか」
「大ありだ」
 何故か自信たっぷりに言ってくるC.C.の言葉を遮るように、俺はきっぱりと言ってやった。
 ……何故そんな不満そうな顔をする。また余計なことを始めるんだな、みたいなその微妙に目を細めてじっとりと俺を見るのは止めろ。
「何が不満なんだ。場所か? 初めては自分の部屋と決めているとかそういう青少年男子にありがちな夢という名の幻想か?」
「……不満とかそういう問題じゃない」
「なら何が問題なんだ。言ってみろ」
「今、ここで、おまえとそうすることに、必要性を感じない」
「私は感じている」
「俺は感じていない!」
「……やはり不能なのか?」
「だから違うと言っている!」
 ……不毛だ。何なんだこの不毛なやりとりは。何故こんなところでこいつとこんなしょうもない口論をしなければならない!
「ルルーシュ。我侭を言うな」
「どっちが言ってると思ってる」
「そんなもの、おまえに決まっているだろう」
「……」
 言葉を返す気力も失って、俺は二度目のため息を盛大に吐き出した。
 俺は断じて不能なわけではないし、趣味も至ってノーマルだ。ただ、恋愛事にうつつをぬかしている状況でないだけで。
 だいたいそんな感情はとっくの昔に切り捨ててしまった。俺の目的を果たすためには、余計なものを持ち続けているわけにはいかなかったからだ。
 俺から大事なものを奪った奴に復讐し、かろうじて残った大事なものをしっかりと守り抜く――たったそれだけのことだったが、それを決意した幼い俺にとっては、それで手一杯だった。
 ……言わせてもらうと、やり方がわからないわけではない。知識としては知っている。
 そして――人同士が行うその行為には、俺が捨て去った感情のうちのどれかが付随するものだ、ということも。
 だから、こんなところで、この女と、そんなことをする必要性を、一つとして感じることができない。
 奴からしたらほんの気まぐれにすぎないのだろう。それ以外に、こんなことを言い出す理由が思いつかない。
「仕方ないな。正直に言おう。このままでは私は寒くて動けそうにない。よって帰れない。だから私の体を温める必要がある」
「そこまで見え透いた嘘を堂々と言われると、逆に爽快ではあるな」
「嘘ではない。まさか正義の味方のゼロが、私をおぶって帰るわけにもいくまい?」
「……いいかげんにしろC.C.」
 俺は低い声で、奴の偽名を強調して言った。
「私が相手では嫌なのか?」
「だから、……そういう問題じゃない」
 何故かC.C.の口調が少し弱々しくなっていた。さらに意味不明な言い分を返されると思っていた俺は瞬間的に虚を突かれ、語調が勝手に緩んでしまう。
 C.C.はこちらを見上げるのを止め、軽く項垂れた。
「私だって、伊達や酔狂でこんなことを言っているのではない。ただ……事が終われば、忘れてくれて構わない種類のものだ」
「……慰み者にしてくれと言うのか?」
「そう思ってくれても構わない。軽蔑したいならすればいい。だがそれでも、私はおまえを守ってやると言った。守ってやるには、……少なくとも、動けるようにならねば、ならない」
 それだけ言うと、C.C.は黙り込んでしまった。
 見下ろすC.C.は、先ほどのように小さくて弱々しい存在には見えなかった。それと比べたら随分と余裕があるように思える。
 けれど、――どうしても、放ってはおけなかった。
 このまま無視して一人で帰ったとしても、多分こいつは何事もなかったかのように俺の部屋に現れるだろう。そんな予感はあった。
 だが――……これがこいつの言う、「つまらんところでプライドにこだわる」ということだろうか。
 ああ、そうだろうな。確かにつまらんことを気にしていると思うさ、俺も。
 そうだ、そういえば、俺が余計なことをしたと言ったときのおまえは、随分と嫌そうにしていたな。さっきまでの俺も随分と嫌な思いをさせられた。
 これはその仕返しだ。
 そう――今から俺は、おまえの言うところの「余計なこと」をするだけだ。
 別に、おまえの望みを聞いてやるわけじゃない。
 単なる嫌がらせだ。

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