「そういえばルルーシュ」
 あの日から占領下に置かれ続けている、元・俺のベッドに寝転びながら、奴は唐突に話題を振ってきた。
 ちょうど――偶々、調べ物が一段落ついたところだったので、俺は向かっていたディスプレイから目を離し、軽く首を動かした。
 腰よりもだいぶ長い髪の毛を白いシーツの上に無造作にばらまいて、目が合ったこちらに薄い微笑を返している女。名はC.C.。俺と契約した、共犯者だ。
 俺の方から改めて契約を交わすことになった例の一件。そのとき、この女は一度この部屋を出て行ったはずだった。
 ……はずだったのだが、こうして当然のように戻ってきて、以前と変わらぬ我が物顔で居座っている。
 隣の棟で寝泊まりするんじゃなかったのか、と嫌味っぽくわかりきったことを聞いてやると、おまえが私の痕跡の後始末に追われたせいでドジを踏んだりしたら本末転倒だからな、と数倍の嫌味をもって返された。
「それに、おまえが失敗したときの後始末は私の役目だしな。そうだろう? 私たちは共犯者なのだから」
 どこか嬉しそう――いや、面白そう、の間違いだ――にそんなことを言ったC.C.に、俺はさしたる反論も見つけられず「そうそう失敗などしていられるか」と負け惜しみじみたことを返すのみだった。
 共犯者。目的を同一とする間柄。しかし俺はC.C.の目的とやらを知らない。
 だが彼女が俺のことを「共犯者」と呼び、俺と共謀して俺の目的に協力しているその事実だけで充分だと、今はそう思っている。
 ギアスも効かず、銃弾で撃たれても死んだりしないこの女は、その身を犠牲にしてでも俺を助けようとしている。死なないとはいえ痛みがないわけではないだろう。その行動に何の見返りも求めていないはずがない。
 無謀な行動と引き替えにしてでも、彼女が求めている何か。
 それは俺の目的の先にあるのか、もしくはその過程にあるのか――どんなものであるかは見当も付かないが、それでも俺は、それを叶えてみせると「契約」した。
 元々彼女の目的を達成することの対価として受け取ったのが、このギアスの力だ。叶えるのは当然のことだろう。叶えなければならなかったのだ。
 だが俺は改めて、自らの契約として結び直し、二重の契約とした。
 それは戒めだ。
 己の目的のためにはもう迷っても振り返っても、まして後悔することなど許されはしないのだ、ということの。
 一時の感情に押し流されて、判断を誤ったりしないための。
 そう――たかだか一つの契約も守れないで、ブリタニアという大国を滅ぼせるわけがない。
「この間は、面白いことを言っていたな」
「……何のことだ」
 にやにやと意地の悪そうな笑みがC.C.の表情を支配していく。
 悪い予感、というレベルの話ではない。この女が俺にとってよからぬことを言おうとしているのは確実だった。
 だが逃げられはしないだろう。一方的でわかりにくくはあるが、この女が何の準備も根拠もなくそんなことを言うとは思えない。
 明らかにこちらの動揺を誘い、それを面白がろうとしている。しかもそれは、簡単に言い逃れができないような何かなんだろう。そうでなければあんな笑い方はしない。
 ならば俺は、少しでも冷静に対処するのみだ。たとえどんな衝撃の言葉であろうとも、冷静に、それがどうした、という風を装って――
「忘れたとは言わせないぞ、ルルーシュ。おまえは私の全てを知っていて、それどころか私はおまえのものになっているそうじゃないか」
 ……それか。正直忘れておきたかったんだが。
「それは、……奴を騙すためのでまかせだ」
「嘘も方便、か? 確かに、おまえは嘘つきだな、ルルーシュ」
「目的のために必要なら、俺はいくらでも嘘をつく」
「だが、嘘はつかないにこしたことはないだろう?」
「……何が言いたい」
 C.C.からはまだあのにやにやした笑いが取れていない。何だ? 俺はまだ何か失態を犯していたというのか? 例えば、俺にとっては失態ではないが、この女からしたら失態と思える何か……くそ、思い当たらない。
 だがC.C.はすぐに明言はせず、別のことを言ってきた。
「とりあえず、こっちに来い」
「理由は」
「近くにいる方が話しやすい」
 仰向けの状態でわずかに首を持ち上げて会話を続けていたC.C.は、そう告げてぽふんと頭をシーツに落とした。それから微動だにせず、もちろん一言も喋る気配がない。
 つまり、俺が近くに行かない限りもう何も話さない――という意思表示なのだろう。
 わかりやすくなったと思えば面倒さが増す。どうしてこう極端なんだこの女は。
 俺はわざわざ声にしてため息を吐き出すと、イスから立ち上がった。未だぴくりとも動かないC.C.の元へと歩み寄る。
 ベッドサイドまで来ると、ぽふぽふ、と細い指先だけがシーツを叩いた。……座れ、ということか。
 指示に従い、俺は仰向けに転がったC.C.の隣へ腰を下ろした。スプリングの感覚がどことなく懐かしい――ここは自分の部屋だというのに、懐古に浸らねばならない理不尽さに顔をしかめる。
 ――と。
 くい、とシャツの背中側が引っ張られた。
 こうして近くまで来てやったのだから、わざわざC.C.の方を振り向いてやる義理はない――そう思っていたところを、その予想外の仕草に打ち崩された。
「なん――ッ!?」
 首と、上半身をほんのわずか捻りかけたところで、後ろから物凄い力が俺を引っ張った。それは途中から、前方からのし掛かられる感覚にすり替わる。
 慌てて起こそうとした上体は、関節などのポイントを押さえ込まれておりまともに起き上がらなかった。力を込めるがうまく入らない。
「そう暴れるな」
「なら、何の真似だ、これは!」
「大したことじゃない。おまえから『嘘つき』という足枷を少しでも取り除いてやろうと思ってな。いいから黙って私の好きにされていろ」
「C.C.っ、ふざけ――っな、やめろ!」
 器用にも俺の左腕を足で押さえ込んだC.C.は、空いた左手でズボンのジッパーを一気に引き下ろした。そのまま器用に素早く取り出して、無遠慮に数本の指が触れてくる。
「っく……、ぅあ」
「ほう、元気そうで何よりだ。ああそれと先に言っておくがルルーシュ、あまり暴れないほうが身のためだぞ? もし噛まれたとしても、それは私のせいじゃないからな」
「な、C.C.――っ!?」
 ぬるり、とした何かに全体が包まれていく。同時に、上半身の――主に両腕の――拘束が解けた。俺は無我夢中で腕を伸ばし、C.C.の頭を捉える。
「ぐっ!?」
 瞬間、痛覚とそれ以外の何かを伴った刺激が脳髄を直撃した。反射的にC.C.から手を離してしまう。
 すると、まるで傷口を舐めるかのように丹念に舌が這わされ――C.C.はゆっくりと顔を上げた。
「……まったく。人の忠告は聞くものだぞ、ルルーシュ」
「何故、こんな――っく、ことを、する……!」
 放した口の代わりにか、そこにはいつの間にかC.C.の手指が絡み付いていた。漏れそうになる呼気を押し止める。
「私たちは「契約」したのだろう? ならば、「契り」らしいことをしても何の問題もないと思うが」
「ありすぎだ!」
「何だ。不満なのか?」
「当たり前だ」
「……さっきのは先に注意しておいただろう。ルルーシュが悪い」
「そこじゃない!」
「じゃあ、何だ?」
 心底不思議――というか、不満そうに言うな! どうしてそう一方的すぎるんだおまえは!
「この、……行為自体に不満があると言っている」
「不満? これで?」
「っ……それは、おまえが勝手に、っ……だから、弄るな!」
「ふん。童貞喪失は好きな相手、とでも心に誓っているのか? やめておけ、どうせ恥をかくことになる」
「違う!! 勝手に決め付けるな!」
「なら、操立てをしている相手でもいるのか?」
「……別にいない」
「じゃあ何が不満だと言うんだ、ルルーシュ」
 質問を最初に戻したC.C.は、呆れ気味に言った。呆れたいのはこっちの方だ。
「別に減るものでもないだろう」
「減る減らないの問題じゃない」
 どうでもいいが――いや、よくないが――、掴まれたまま押し問答を続けるのはどうか。もちろん、言ったところで離しそうにはないが……っく、動かすな、手を!
 俺は心の中で叫びつつ、平静を装って何気なく俯き、奥歯を噛み締める。だがやがて、C.C.は唐突に手の動きを止めた。
(……?)
 見れば、その表情からは先ほどまであった悪戯好きな笑みが消え失せている。
「……C.C.?」
 つい声をかけてしまった。それほどまでに、豹変は激しかった。視線が、合わない。
「嫌か?」
 ぽつりと、やや長めの間を置いてから、C.C.は呟いた。
「私にこうされるのが、そんなに嫌か?」
 だとしたら、悪いことをしたな――そう結んで、細くて長い手指による拘束が解かれる。
 C.C.はのしかかっていた体を起こすと、ぺたんとシーツの上に座り直した。その様が何故か――傷ついたように見えた。
「……別に、そうは言っていない」
 これも、つい、勝手に、口が滑った。いや、実際それは事実だ。嫌だと言った覚えはない。
「相手がおまえであることと、俺が不満に感じていることは何ら関係がない」
 俯いていたC.C.の顔がわずかに上がった。では何だ、とその視線が問うてくる。
「……わざわざ、そんなことをしなくても、契約はきちんと果たす。おまえの望みも叶えてやる」
 だから――と続けようとして、その先に繋げる言葉がわからないことに気付いた。だから……だから? 俺は何を言おうとしたんだ?
 C.C.は口を開きかけて閉じてしまった俺を不思議そうに見ていたが、やがて、
「そうか」
 と、いつだったかと同じような、平坦な口調で呟いた。
 事実を確認した。たったそれだけの、最低限の返答。
 そうして、C.C.は変わらない表情を隠すように再びゆるく俯いた。数秒の後にふっ、と息を吐き出すと、
「――なら、何の問題もないな」
 少し前までその顔に貼り付けていた、悪魔の笑みを持って、きっぱりと断言しやがった。
「な、おまえっ……待て、この、おいっ!」
 再びのしかかられた俺をにやにやと見下ろすC.C.は、今にも笑い出しそうなほど顔面を弛緩させていた。いや、実際小さく吹き出している。この女……!
「ふふ、何だルルーシュ。何を怒っている?」
「おまえは人の話を聞いてなかったのかっ」
 じたじたと抵抗する俺をがっちりと押さえ込んで、聞いていたさ、とうそぶく。
「私の望みを叶えてくれるのだろう?」
 ああそうだ。だから、そんな真似はする必要はない。
 俺はそう言った――いや、明言はしていなかったかもしれないが、そういう意味で言った。それがわからない女ではないはずだ。
「私は、私の望みが一つだと言った覚えはないし、おまえも叶える個数を限定しなかった。――そういうことだ」
「どういう意味だ!」
「……言わないとわからないのか? これだから童貞は困る」
「関係ないだろう!」
「あるさ」
 無遠慮に握られて、反論のかわりに飛び出そうになった悲鳴を努力して飲み込む。
「まあ、わからないならわからないでいい。……そう不満そうな顔をするなルルーシュ。仕方ないな、おまえが一番理解できそうな言い方をしてやる」
 握り混んでいた手の力がするりと緩んだ。続いて、輪郭をなぞるように指先が滑っていく。
「おまえのここをこうさせた責任は取ろうじゃないか」
 呼吸を乱された俺へ、一際意地の悪い視線を送り――
「何事も、中途半端なのはよくないものな?」
 C.C.はにやりと微笑んだ。

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