夢見心地とはこのような感覚を言うのかもしれない。
マギーが思考の隅でそんなことを考えていたとき、その感覚はひどく唐突に打ち崩された。
「ひゃ――……っ、あ!」
マギーをうっとりさせていたのがミカエルならば、それを台無しにしたのもミカエルだった。予備動作も予兆も予告も、そうした前フリは一切なしに、彼は動き方を変えていた。
片側は先程と変わらず指を皮膚に埋めるように動かしていて、それだけでもマギーは十分に翻弄されているのに、追い討ちをかけるようにもう片方を優しく、それも緩急をつけて吸い上げられて、とうとうマギーは声らしい声をあげた。
「や、っミ、カエ、ル……っ!」
途切れ途切れに名前を呼ばれた相手は、一度ちらりと視線を向けただけで、動きを止めようとはしなかった。あまつさえ、軽く歯を立てたり、固くなった先を指の腹で転がしたりもする。
「ぅんっ……!」
触れられたのは胸であるのに、マギーがぞくりと何かが走ったのを感じたのは己の背筋にだった。
それが走り抜けたと思うと、衝撃が後から伝わるように、背骨からじわじわと余波のようなものが染み出して、全身を覆う。
慣れない感覚に耐えていると次の衝撃が容赦なく襲ってきて、マギーの声帯は休みなく震えつづけた。
「随分と、敏感なんだな」
ようやく刺激が止まって、ひきつるように呼吸をするマギーにそんな言葉が投げられる。反射的に涙で歪んだミカエルを見上げて、それから言われたことの意味を理解した。思考が全然追いついていないことにうろたえながら、マギーは反論しようと口を開いたものの、何を言えばいいのかわからずぱくぱくと開閉を繰り返すことしかできない。
するとミカエルの手が伸びてきて、マギーの目元を親指の腹で拭った。零れずに貯まっていたそれが取り払われて、クリアになった視界とともにマギーの思考も回復する。
「っし、知らないっ……!」
ワンテンポどころかスリーテンポぐらい遅れに遅れて、マギーはようやく反論に成功した。言い終えるとすぐに首を横に捻って態度でも論旨を表現する。
「そうか? ここも――」
マギーが気が付いたときには既に遅く、いともあっさり彼の論拠を示された。あげかけた悲鳴をどうにか飲み込んで、マギーは必死に抵抗する――無駄だと知りながら。
「ゃ、っあ!」
それまでとは比べ物にならない刺激が伝わった。確かに敏感にはなっているのだろう。
彼が触れていると考えるだけで心拍数が上がるのだ。自分は何も動いてやしないのに、勝手に息があがる。
それはつまり、自分は彼の手を感じるだけで、興奮していると、そういうことだ。それをはっきりと自覚してしまうと、さらに皮膚感覚が鋭敏になった気すらして、マギーはもうどうにかなってしまいそうだった。
まだ、手と舌で触れられてしかいないというのに。
だから、脱がすぜ、と囁かれても即座に反応できず、下着が半分以上ずり下ろされてようやく制止の言葉を叫んだ。
無論ミカエルはそんなものを聞いてなどくれず、軽くマギーの足を抱え上げたりして酷く器用に手際よく、小さな布きれを隣のベッドへ放った。
場所を下方に移して刺激が再開される。
今度はより直接的で、より度合いが強い。
位置的に、胸のように具体的に何をされているのかは目で見ることができない。だから触覚と聴覚あたりを頼ることとなり、またそれらは、不足した視覚情報を勝手に補う想像を助けるというか、過剰なまでに助長した。
「ひゃうっ、あ、やぁ……っ!」
水音めいた音と、それに合わせて蠢く彼の手や指。止めて欲しいのに、でもきっと止められたら、何か矛盾した気持ちになるのだ。それを簡単に推測できる余裕はあった。
だからこそ、マギーの口をつくのは悲鳴やら制止の言葉――になっていないものが大半だが――なのだ。
それは紛れもない事実なのだとわかっているからこそ、相手が聞いてくれることのない言葉だけでも、それを否定していたかった。そうでもしないと、マギーは本当に己が壊れてしまいそうな錯覚に陥っていた。
ミカエルが彼女に与えるものは、何であってもすべからく、度合いが強い。
彼にまつわる事実関係に始まり、一緒に居ることで感じられる嬉しいという気持ち、そして二人だけの睦み事ですらも、マギーの心に刻み付けるように、衝撃の強いものばかりだった。
「……マギー」
荒く呼吸を繰り返す唇が優しく塞がれる。されるがまま、侵入してきたそれにマギーは己の舌を絡めた。互いの熱を交換し合うように、ぬるりと交わる。
名残惜しさを表すように薄く糸を引いてほんの数十センチの距離を置くと、ミカエルはマギーの目元に唇を落とした。何よりも優しく触れてきたそれに、マギーはさらに泣きそうになるのを堪えなければならなかった。
いいか、と耳元で囁かれたのは、そのすぐあと。
様々な気持ちと感情がせめぎ合い、態度や表情に強く出ないよう必死で抑え込みながら、マギーは掠れた声とともにうん、と頷いた。
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